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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)40号 判決

原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 取消事由1、2の主張について

原告は、審決が、<1>高分子物質に作用して溶解の現象を生ずるものを溶剤、膨潤の現象を生ずるものを膨潤剤として、<2>本件発明における溶剤と膨潤剤法における膨潤剤とが区別することができるものであるとしているのは誤りである、と主張する。

よつて検討するに、

成立に争いのない甲第三号証の三によれば、共立出版株式会社昭和二九年一二月一五日発行の「高分子化学通論」第一七五頁~第一七六頁には、「高分子物質が液状有機物質中に浸漬されて溶解するときには、まず膨潤し、さらに分子間の間隔が一層拡がり、全面的に分子間力の作用範囲外にまで拡大される場合に引続いて溶解が起る。かかる膨潤を無限膨潤という。」旨の記載があり、

成立に争いのない甲第一五号証の一ないし三によれば、共立出版株式会社昭和三七年二月二八日発行の「化学大辞典8」の第六二五頁左欄には、「いま天然ゴムのかたまりをベンゼン、キシレンなどに投入すると、しだいに溶媒を吸収してふくらみ、やがて溶媒全体に広がつてしまう。これは無限膨潤と呼ばれ、溶解にほかならない。加硫ゴムの場合は分子に三次元的な架橋があるから無限膨潤(溶解)はしないで一定の大きさまで膨潤して停止する。これを有限膨潤という。」との記載があり、

成立に争いのない甲第一七号証の一ないし四によれば、オーム社昭和四二年一一月二五日発行の「溶剤ポケツトブツク」の第二三頁右欄及び第二四頁左欄には、「高分子物質を液体に浸漬すると、まず徐々に液体を収着吸収することによつて体積を増し(これを膨潤という)、その液体が溶媒であればついには溶解して高分子溶液となる。」「液体が非溶剤であると、膨潤はある段階で平衡に達し、溶解に至らない。」との記載があること、がそれぞれ認められる。

右の各記載によれば、「溶剤」と「膨潤剤」とは、「溶剤」がある物質を溶解するか否かの観点から用いられる概念であるのに対し、「膨潤剤」はある物質を膨潤させるか否かの観点から用いられる概念であつて、両者は互いに重なり合う場合があり、これを「膨潤剤」についてみると、ある物質を膨潤させる機能を有し、その物質を膨潤させる目的で使用されるのであれば、それが「溶剤」であると否とにかかわらず「膨潤剤」と称される(すなわち、「溶剤」であつても、膨潤の目的で使用される場合には「膨潤剤」と称されることがある。)ものと解される。そして、このことは、本件発明の特許出願当時においても当業者の技術常識であつたと認めるのが相当である。

そうすれば、本件発明と膨潤剤法とが、一方が「溶剤」を使用するものであるのに対し、他方は「膨潤剤」を使用するものであることから、両発明を区別することができないという原告の主張は、その限りではもつともである。

しかしながら、具体的に本件発明における「溶剤」についてみると、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明の明細書における特許請求の範囲には、単に「溶剤」とのみ記載されているのではなくて「高分子物質を溶解する……溶剤」と記載されており、その発明の詳細な説明の項には、実施例として<1>ポリスチレンとキシレン・トルエン或いはテトラクロルエチレンとの組合せ、<2>スチレン・ブタジエン共重合体とベンゼンとの組合せ、が記載されていることが認められる。

ところで、「溶解する」という文言は、通常、或る物質を完全に溶解して均一な溶液を作ることを意味するものである。そして、右実施例の組合せのうち、<1>の場合は、ポリスチレンが完全に溶解して均一な溶液となる組合せであることは明らかであり(いずれも成立に争いのない甲第三三号証の一ないし四、甲第一九号証の一ないし四、乙第二号証)、また、<2>の場合も、前掲乙第二号証(第四頁)によれば、スチレン・ブタジエン共重合体が完全に溶解して均一な溶液になる場合があることが認められるから、これらの記載と前記特許請求の範囲における記載とを合わせ見るならば、本件発明における「溶剤」とは、高分子物質を完全に溶解して均一な溶液とするものを意味すると解するのが相当である。

他方、膨潤剤法における「膨潤剤」についてみると、成立に争いのない甲第四号証によれば、膨潤剤法の明細書の発明の詳細な説明の項には、高分子物質を膨潤せしめる膨潤剤に関し、実施例として、ポリスチレンと石油エーテル或いはヘキサンとの組合せ及びスチレン・アクリロニトリル共重合体と石油エーテルとの組合せが記載されていることが認められる。

右の組合せにおいて、膨潤剤である石油エーテル及びヘキサンがポリスチレン及びスチレン・アクリロニトリル共重合体を溶解しないものであることは明らかである(前掲甲第一九号証の一ないし三、乙第二号証、成立に争いのない甲第二一号証の一)。そして、右明細書には、膨潤剤が溶剤としての作用を示す旨の記載は存しない。そうすれば、膨潤剤法における「膨潤剤」とは、少なくとも高分子物質を完全に溶解して均一な溶液を作るものは含まないものと解することができる。

そして、この解釈は、膨潤剤法が本件発明についての分割出願(旧特許法第九条第一項)として出願されたものであること及び本件発明の特許出願当初の明細書においては「溶剤」と「膨潤剤」とが区別して記載されていること(成立に争いのない甲第二五号証の二、第八頁第七行~第一〇行)からみても合理的と考えられる。

そうすれば、具体的に「本件発明における溶剤」と「膨潤剤法における膨潤剤」をみた場合、両者は明らかに別異のものというべきであるから、これを区別することができるとした審決に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

2 取消事由3の主張について

原告は、審決が、本件発明と膨潤剤法との両発明の明細書に高分子物質が変るごとにそれに適する溶剤ないし膨潤剤を選択して使用すべきことが教示されていると認定しているのは誤りであると主張する。

よつて検討するに、前掲甲第二号証によれば、本件発明の明細書の第二頁左欄には、「この発明における高分子物質を溶解する溶剤としては、各種のものが使用できる。例えば、スチレン系高分子物質の場合には、ベンゼン、トルエン、キシレンのような芳香族炭化水素類、酢酸メチル、酢酸エチルのようなエステル類、メチレンクロライド、テトラクロルエチレンのようなハロゲン化炭化水素類が使用できる。」「高分子物質としてポリスチレンを選択した場合には、テトラクロルエチレンは……絶好の溶剤である。」との記載があり、かつ、その実施例1ないし4には、溶剤としてポリスチレンに対しては何を、スチレンブタジエン共重合体に対しては何を、用いたかが各別に示されていることが認められる。

また、前掲甲第四号証によれば、膨潤剤法の明細書第二頁左欄には、「この発明における高分子物質を膨潤せしめる膨潤剤としては、各種のものが使用できる。例えば、スチレン系高分子物質の場合には、石油エーテル、ペンタンヘキサン、ヘプタンのような脂肪族炭化水素類が使用できる。」「高分子物質としてポリスチレンを選択した場合には、ヘキサンは、……絶好の膨潤剤である。」との記載があり、かつ、その実施例1ないし4には、膨潤剤としてポリスチレンに対しては何を、スチレン・アクリロニトリル共重合体に対しては何を、用いたかが各別に示されていることが認められる。

これらの記載は、明らかに、特定の高分子物質には、溶剤或いは膨潤剤として適した特定のものがあるということを示唆している。

そして、前掲甲第三号証の三、第一五号証の一ないし三、第一七号証の一ないし四、成立に争いのない甲第一八号証の一ないし四によれば、高分子物質の液状有機物質による溶解、膨潤の現象は、当該高分子物質の種類、結晶性、分子構造などによつて異なるものであることが認められ、かつ、このことは本件両発明の特許出願当時においても有機合成化学の分野における技術常識であつたと認めるのが相当であるから、この技術常識に基いて両発明の明細書を読めば、高分子物質が変るごとに、それに適する溶剤ないし膨潤剤を選択して使用すべきことが教示されているとみることができるのであつて、審決の認定に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

3 その4の主張について

原告は、審決が、溶剤と膨潤剤とのいずれに属するか不明瞭な液体を使用する方法が本件発明と膨潤剤法の各技術範囲の双方に属することはないとしているのは誤りであると主張する。

しかしながら、既述のとおり(前記1の項)、本件発明は、熱可塑性高分子物質を完全に溶解して均一な溶液とする溶剤を用いることを構成要件とするものであるから、高分子物質と液状有機物質との組合せにおいて完全に溶解しないものは本件発明の技術的範囲に属さないのである。すなわち、明細書に記載のスチレン系熱可塑性高分子物質と液状有機物質との組合せの例示に含まれているものであつても、完全に溶解しないものは本件発明の溶剤に該当しないのであるから本件発明の技術的範囲には属さないのであつて、本件発明と膨潤剤法との技術的範囲を区分することは可能である。

審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

4 その5の主張について

原告は、本件発明における溶剤と膨潤剤法における膨潤剤とが区別可能であるとしても、両者は均等であると主張する。

原告が右主張における置換可能性の根拠として挙げるところは甲第五号証ないし第七号証、第九号証及び第一一号証である。

よつて検討するに、成立に争いのない甲第五号証によれば、昭三〇―六一三四号特許公報には、ガス状膨脹剤の高分子物質への吸収性をよくするために、加圧ガスを溶解せしめるか、または、このような溶解性を増進せしめる性質のある溶剤又は膨化剤、或いはその両方を加えることが記載されていることが認められるのであつて、これらの剤は、高分子物質をわずかに溶解又は膨化させるなどの作用において、本件の両発明と共通することが推認される。

しかしながら、その実施例によれば、そこに使用されているガス状膨脹剤は窒素ガスであつて、これが高分子物質に吸収されにくいものであることは当裁判所に顕著な事実である。そのため、高分子物質にその量の<省略>、<省略>又は<省略>という多量の溶剤又は膨化剤を添加して、高分子物質が著しく膨潤しているとみられる状態で吸収させており、かつ、高い圧力を使用し、しかも吸収操作は型内で行なわれて水性媒質中ではないことが認められる。

これらの点からみると、本件両発明の剤と右公報の剤とは、高分子物質を膨潤して膨脹剤であるガスの吸収を容易にするという機能において共通するところがあるとはいえ、本件両発明においては、ガス状の炭化水素膨脹剤を用い、水性媒質中で吸収を行ない、かつ、実施上各剤を高分子物質中に浸透する量が少量なものであるから、ガスの種類、吸収条件を異にするものである。

成立に争いのない甲第九号証の一ないし三によれば、ベルギー特許第五五三〇八六号公報抄文には、重合体材料に有機溶剤及び、又は膨潤剤を含浸し、更に一つ又はそれ以上のガス状炭化水素を含む発泡剤を含浸させる発泡性熱可塑性重合体材料の製造法が記載されていることが認められ、前記甲第五号証の記載を勘案すると、ここに有機溶剤又は膨潤剤を使用した目的はガス状炭化水素を含む発泡剤の含浸を容易にすることにあると推認されるが、両剤の含浸の程度、発泡剤の含浸操作などは何ら記載されていないので、その機能が明らかでない。

成立に争いのない甲第六号証及び第七号証によれば、昭三二―一八四三号特許公報及び昭三三―三一九〇号公報には、液状膨脹剤を使用することが記載されているが、これはその中に高分子物質を浸漬した状態で含浸させるものであるから、ガス状膨脹剤とは種類及び吸収操作において異なるものである。

甲第一一号証は、ベルギー特許第五五三〇八六号公報全文であるが、これが本件の両発明の特許出願前日本国内において頒布されていたとの事実を認めるに足る証拠はないので、これをもつて原告主張の置換可能性の予見の根拠とすることはできない。

以上のとおりで、原告の挙げる証拠をもつてしては、水性媒質中に分散せしめた高分子物質粒子にガス状炭化水素系膨脹剤を浸透させる際に、溶剤と膨潤剤とが同一の機能を有することが当業者に知られていたとは認められないのであり、他にこの事実を認めるに足る証拠はない。

そうすれば、本件における両発明の溶剤と膨潤剤との置換可能性は、その特許出願当時当業者にとつて自明のことであつたとすることはできないのであるから、原告の主張は理由がない。

以上のとおりであつて、原告が審決取消事由として主張するところはすべて理由がない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註その一〕 本件発明の要旨は左のとおりである。

熱可塑性高分子物質と、その高分子物質を溶解する少量の溶剤とを水性媒質中に分散せしめ、その分散液中に一気圧二〇度Cでガス状のハロゲン化脂肪族炭化水素、又は零下一〇度Cよりも低い沸点を有する脂肪族炭化水素、又はそれらの混合物を圧入し、高分子物質の粒子に均一に浸透させたのち高分子物質の粒子を水性媒質から分離することを特徴とする発泡性物質の製造方法。

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